★ 【カレークエスト】目指せ!銀幕タワー ★
<オープニング>

 おお、見よ。
 聖林通りを地響きを立てて駆けているのは、なんとゾウだ。
 そのゾウには豪華絢爛たる御輿のような鞍がつけられており、その上に乗っているのがSAYURIだと知って、道行く人々が指をさす。彼女はいわゆるサリーをまとっており、豪奢なアクセサリーに飾られたその姿は、インドの姫さながらである。
 きっと映画の撮影だ――誰もがそう思った。
「SAYURI〜! お待ちなさい! あまりスピードを出しては危ない」
 彼女を呼ぶ声があった。
 後方から、もう一頭のゾウがやってくる。
 こちらの鞍には、ひとりの青年が乗っていた。金銀の刺繍もきらびやかなインドの民族衣裳に身を包んだ、浅黒い肌の、顔立ちはかなり整った美青年である。
「着いてこないで!」
 SAYURIが叫んだ。
「いいかげんにしてちょうだい。あなたと結婚する気はないと言ったでしょう!」

 ★ ★ ★

「……チャンドラ・マハクリシュナ18世。インドのマハラジャの子息で、英国に留学してMBAを取得したあと、本国でIT関連の事業で国際的に成功した青年実業家。しかも大変な美男子で、留学時代に演劇に興味をもち、事業のかたわら俳優業もはじめて、インド映画界ではスターだそうですよ」
「はあ……。で、そのインドの王子様がSAYURIさんに一目ぼれをして来日、彼女を追いかけ回している、とこういうわけですね」
 植村直紀の要約に、柊市長は頷いた。
「事情はわかりましたが、そういうことでしたらまず警察に連絡すべきじゃないでしょうか。ぶっちゃけ、それってムービーハザードとか関係ないですよね?」
 植村がすっぱりと言い放った、まさにその時だった。
 低い地響き……そして、市役所が揺れる!

 突如、崩れ落ちた対策課の壁。
 その向こうに、人々は一頭のゾウを見た。
 そしてその背に、美しいサリーをまとったSAYURIがいるのを。
「♪おお〜、SAYURI〜わが麗しの君よ〜その瞳は星の煌き〜」
 彼女を追って、別のゾウがやってきた。誰あろうチャンドラ王子が乗るゾウだ。
 王子がSAYURIに捧げる愛の歌を唄うと、どこからともなくあらわれて後方にずらりと並んだサリー姿の侍女たちによるバックダンサーズ兼コーラス隊が、見事なハーモニーを添え、周囲には係(誰?)が降らせる華吹雪が舞う。
「♪私のことは忘れてインドに帰ってちょうだい〜」
 SAYURIが、つい、つられて歌で応えてしまった。
「♪そんなつれないことを言わないで〜」
「♪いい加減にしてちょうだいこのストーカー王子〜」
「なんですか、この傍迷惑なミュージカル野外公演は!」
 SAYURIの騎乗したゾウの激突により、壁が粉砕された対策課の様子に頭をかかえながら、植村が悲鳴のような声をあげた。
「おや、貴方が市長殿かな?」
 チャンドラ王子が柊市長の姿をみとめる。
「彼女があまり熱心に言うので、それならば余としても、その『銀幕市カレー』とやらを味わってやってもよいと思うのだ。期待しているよ。……おや、どこへ行くのかな、わが君よ〜♪」
 隙を見て、ゾウで逃走するSAYURIを追う王子。
 あとには、壁を破壊された対策課だけが残った。
「あの……市長……?」
「……SAYURIさんから市長室に直通電話がありまして。王子との売り言葉に買い言葉で言ってしまったらしいんですよ。この銀幕市には『銀幕市カレー』なる素晴らしいカレーがある。だから自分はこの街を決して離れない、とね――」
「はあ、何ですかそりゃ!?」
「チャンドラ王子は非常な美食家でもあって、中でもカレーが大好物らしい。それで『カレー王子』の異名をとるくらいだとか。……植村くん。市民のみなさんに協力していただいて、あのカレー王子をあっと言わせる凄いカレーが作れないだろうか。そうしなければ、SAYURIさんがインドに連れ去られてしまうかもしれないし……」 

 そんなわけで、今いち納得できない流れで緊急プロジェクトチームが招聘されることとなった。ミッションは、極上のカレー『銀幕市カレー』をつくること、である。

 ★ ★ ★

 銀幕の平和と秩序を守る警察では、連日の国際的なあるやんごとなきお二人を影となり太陽となったりして警備してきて疲れ果てていた。
 その疲れ果てた中にはサムもいた。
 刑事としては有能であるといわれている男は目の下にクマを作り、ハァとため息をついて栄養ドリンクをこっそりと飲んでいた。
「サムさん」
「ん、ああ、植村さん、どうしたんですか」
「それが……」
 実に言い難そうに植村が、かくかくしかじかとカレープロジェクトについて説明した。サムはあまりのことに軽くふらついた。
「い、いやです。こっちだって警備で人手不足、その上、連日働いていてふらふら、そんなのは他の方に」
 助けを求めるようにサムが上司のいるディクスをみた。
 そこには上司はおらず、かわりに黒いネコの人形。そのネコは抱えていたカードには「がんばれ、サム★」とだけある。
 逃げた。
 逃げられた。
 このときほどにサムは人なんて信じるもんじゃないと思った。
「……あの、サムさん」
「わかりました。やりましょう。それが任務だというならば、狙うは優勝です!」
「よかった。引き受けてくださって」
 なんだかんだといって、多少立場は違うが、同じ使われる人間ということでサムと植村には親近感のようなものがあるようだ。
「それで、どのような」
「バッキーの肉を使った」
「子供から大人、さらにいうといい人も悪い人も泣きますよ。それは」
「ジョークです」
 多少、サムは疲れていて思考回路が怪しいようだ。
「みせてみましょう。中国四千年の秘儀を」
「サムさん、中国の人でしたっけ?」
「ぶっちゃけ中国なんていったことありませんが、なんなく掛け声で」
 しつこいようであるが、サムはちょっと疲れている。
「大丈夫ですか」
「たぶん……思ったんですが、カレーの隠し味がなにか知ってますか。植村さん」
「確か、林檎と蜂蜜ですね、有名ですし」
「そうです。辛いものと甘いものは意外と合うんですよ。ですから、隠し味に辛いものと甘いものをみなさんにもってきてもらって、食べるのは、やはり片手で……バーガーだといいと思うんですよ。肉とパン、ああ、大味でかぶりつきたい。……見た目は、バッキーみたいにしたら、可愛いですし」
「あ、それはいいかと思います」
「では、人を集めましよう。ああ、エプロンは、こちらで用意しておかないと……ピンクのふりふりを用意しておきましょう」
「……サムさん」
 サムは、かなり疲れているようだ。

種別名シナリオ 管理番号678
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
クリエイターコメントみんなさん、カレーを作りましょう。
サムの提案では、バーガーのようにしたいそうです。
みなさんの持ち寄った隠し味でカレーを作って(バーガーにはさみこむのも可)パンと肉に、そのカレーを練りこます。そして、それらにレタスなんかを添え物のように挟みつつ、重ね合わせてタワーのようにしたいそうです。形はバッキーを目指します。

以下、持って来るもの。
■カレーの隠し味になる甘いものと辛いもの。もし大きいのであれば、バーガーに挟みこみます。

■バーガーはバッキーのような見た目にしたい。ので、みなさんでこねこねしましょう。バッキーの見た目をサムはなんとなくしか覚えてませんので、バッキーの持ち前のイラスト、写真を持ってきてください。(ホンモノのバッキーがいればよし!)でないと、なんかへんな生き物を作り出しそうです。

■エプロン。持参しなかったらサムからピンクのふりふりの胸には「正義は勝つ!」か「愛は勝つ!」のどちらかの文字がはいったのが貸し出されます。

バーガーにカレーをもっとこういう使用法で(ソースとして使うとか)、味をひきたたせるといったアイディアも持ち寄っていただきたいと思います。

出来上がったら、みんなで試食しましょう。

参加者
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
李 蘭鳳(cfyx3141) ムービーファン 女 22歳 ダンサー
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
那由多(cvba2281) ムービースター その他 10歳 妖鬼童子
<ノベル>

「あのナンチャラ王子とデカブツをさっさと国に帰らせるヨロシ」
 李蘭鳳は、激怒していた。その怒りは銀幕市に突然と嵐のようにやってきたカレー王子と、その象に向かっていた。とはいえ、それは、多少の逆恨みも混じっていた。
 それはとにもかくにも多少時間を遡る。
 銀幕市に突然と現れた象を蘭鳳は初めてみるのに感動していた。何かに気をとられて歩くというのは、大変危険なことだ。車にぶつかったり、電柱にぶつかったり、壁にぶつかったり、――蘭鳳もまたぶつかった。それも、思いっきり、にだ。感動した象の落し物に突っ込んでしまったのである。
 そこに居合わせたのは、銀幕カレーを作ろうとはりきっているサム。その依頼に応えていた新倉アオイ、那由多が蘭鳳を見てしまった。見てしまうと、そのまま無視、というのも、出来ない。
「うわぁー」新倉は、思わず顔をしかめてしまった。
「あーあ」那由多は唖然。
「大丈夫ですか」サムがすかさず助けようとしつつ、さて、どうしたものかという顔をしてしまう。
「はやく帰るヨー! あのデカブツ!」
「……でしたら、どうでしょうか。あの人たちを帰らせるために協力しませんか?」
「なにアルか?」
 サムはすかさず事情を説明すると蘭鳳は頷いた。
「わかったネ! さっさと国に帰らせヨ!」
 そんな経緯があったわけだ。
 各自にカレーにいれる甘いものと辛いもの、またエプロンとアイディアをお願いして、一時解散した。
「カレー……嫌なシンクロネ……」
 シャワーを浴び終えて、着替えた蘭鳳はぶつぶつと文句を言い、ちらりと横にいる那由多を見る。
「那由多も、そう思うネ?」
「僕は……ここにきて一ヶ月だから、早めに馴染みたいから、お手伝いするんだよ」
「イイ子ネ、アオイはどうネ」
「あたし? あたしは依頼だしさ。楽しそうなのもあるし」
「みなさーん」
 サムが声をかけた。
「では、まず手を洗って、エプロンをつけてください。持ってない人は貸し出しますから」
「アイヤー! エプロン忘れたヨ!」
「えぷろん? なに、それ」
 怒りのあまりエプロンを忘れた蘭鳳、そしてエプロンというものを知らない那由多。
 この場でエプロンを用意していたのは新倉だけだったらしい。オレンジのチェック柄をエプロンだ。
「では、二人には、これを」
 サムが笑顔でピンクのふりふりのエプロンを差し出した。それも真ん中に「愛は勝つ!」と「正義は勝つ!」と書かれている。サムは「正義は勝つ!」をきている。
「俺としては正義は勝つがおススメですけども」
「ダサイヨ!」
 蘭鳳が叫んだ。
「なにをいいます。素敵なセンスでしょ! とくにこの文字とか」
「壊滅的なセンスアルヨ」
「そんなことはないですよ。ねぇ新倉さん」
「ちょ、サムさんのエプロン……ださっ! マジあえりないよ!」
 乙女たちから指摘されてサムは眉を顰めた。
 彼としては、乙女受けする可愛らしいエプロンのつもりだったのだ。
「まぁ、いいアルヨ。その愛は勝つにするアル」
「どうぞ。那由多くんは、男の子だし、正義を」
「僕も愛のほうがいい」
「く。正義のほうがいいはずなのに……どうぞ」
 さんざん文句を言っていたが、蘭鳳はエプロンを着ると、まんざらいやでもないらしい。体もセクシーな彼女では、なんとも可愛らしさが引き立つ。
 那由多は、エプロンを付けるのははじめてで、戸惑っていた。元々大人用なので、多少、大きいせいか、頭からかぶってなかなか、頭が出ない。
「うぐ、どうやってつけるの〜?」
「ほら、こうよ」
 新倉が那由多にエプロンをつけてやり、後ろをしっかりと結んでやる。
「では、用意できましたね。各自、持ってきたものとアイディアのほうをお願いしますね」
「はーい」
 那由多が声をあげる。
「『かれー』てよくわからないんだけど、前に一回だけたべたから、なんか、ここイイ匂いもする」
「ああ、実は、カレーの研究で一つ作ったものがあるんですよ。どうぞ。一口」
 サムが一つ研究兼おなかが空いたときのごはんがわりのカレーを那由多のために皿についで差し出した。那由多は、ぱくりと食べると、それが気に入ったらしい。夢中でたいらげていく。
「では、新倉さんからアイディアをお願いできますか?」
「ウチのばあちゃんに聞いてみた。辛いのはみじん切りしたニンニクとショウガ、仕上げにチョコレートとココアがいいんだって」
「チョコとココア、ですか」
 サムは感心した声をあげた。
「うん。ココアは、いいのが手にはいったんだけど。たださ、チョコのほうが用意できてないんだよね。銀幕でもやっぱりいいところのほしいと思ったんだけど、チョコ、分けてもらえないかな」
「それ、知ってるネ。評判の洋菓子店のケーキに使われてるチョコ、あれ、絶品ネ」
「『けーき』? 『ちょこ』?」
 銀幕市に来て日の浅い那由多は聞きなれない言葉にきょとんとした。
「わかりました。権力とかいろいろと振りかざしてお願いしてみましょうか」
 サムはさらりと職権濫用ことをさらりと言う。
「とりあえず、まずは、その店に……あ、あれは、清本さん」
 建物の窓から見えた清本の姿にサムが声をあげた。そして、その腕にある濃い茶色の紙袋が問題であった。
「あれじゃない? あたしらがいってるお菓子屋のって」
と、新倉が叫んだ。それに蘭鳳も目を向けて頷く。
「そうアルネ、あの店の袋アルヨ」
 そこに那由多が窓に歩み寄って、じっと見ていく。
「なんか、きょろきょろしてるね。あ、茶色ぽい物体だした」
 窓から見ると清本が、いつもは強面ともいえる顔を綻ばせて銀幕で評判の洋菓子店の紙袋をごぞごそとやって茶色の物体を取り出した。
 それは、先ほど話題になっていた洋菓子店のチョコレート。
「みなさん」
 サムが微笑んだ。
「清本さんを確保し、チョコを快く譲っていただきましょう」
 なんとなく、サムの笑顔は怖い。

 さて、清本橋三は、本日、ようやく最高のお宝をいただいた記念すべき日であった。銀幕でも評判の洋菓子店に通い詰めて、はや何ヶ月。その間にレジのお姉さんと親しくなり、店の奥側にあるキッチンのパティシエさんとも仲良くなり、純粋な目で見つめ、時には熱く口説きの多様なる手によって本日パティシエさんが清本の情熱に口説き落ちた。
「しょうがないですねぇ、他のお客さんにはないしょですよ」
 苦笑いされつつも、丁重に紙袋に包んでいただいた門外不出の幻の最高級カカオなチョコレート!
 家に帰って食べようと思うが、一口くらいは味見を兼ねてみようと思ったのが、すべての運のツキ。そもそも、チョコレートを譲っていただいた地点で、本日の運は使い果たしていたのかもしれない。
「清本さん!」
 一口味見と思ったときに声をかけられて、清本はぎょっとした。
「む、さむ殿」
「お久しぶりです。清本さん。で、すいませんが、そのチョコをいただきたいんですけども」
「なにをいきなり、さむ殿、『ちよこれと』がほしいならば恋人殿からもらえば、まさか、喧嘩を」
「だまらっしゃい! 俺とセシルはもう、かったく結ばれた恋人ですよ。ああ、仕事が忙しくてまたちょっと婚約破棄されそうですが、んなことはどうでもよろしい!」
 サムが吼えた。
「そのチョコをカレーの隠し味に使わせていただきます。善良な市民として是非とも快く承諾し、チョコレートを差し出してください」
「む。いかんぞ。これは、ずっと楽しみにしておった逸品」
 長い努力の結果得た品をそう容易くわたすわけもない。清本は紙袋をしっかりと抱いて言い返す。
「わかりました。話し合いで解決したかったですが、みなさん、俺が許可します。清本さんをひっとらえて、チョコレートをいただいちゃいましょう」
「さむ殿、無茶苦茶だぞ、それ」
「無茶ではありません。正義です」
 サムが拳を握り締めて高々に言った。どこに正義があるのかは不明である。
 清本橋三、ピンチ。
 それもサムの許可の下、右手には新倉、左手には蘭鳳。後ろを向けば、那由多がいる。これで逃げろとは、空でも飛べというのか。そんな芸当はさすがに無理だ。
 清本は考えた。侍として、このチョコレートを守りきらずして男ではない。そして、この場では一番逃げやすそうなのが那由多のところだ。十歳くらいの見た目で、がらあきだ。このまま逃げれればと清本は走り出した。そのとき、那由多の持つ刀――妖刀が紫のオーラを放ち、清本を威嚇する。
 これはいかん。――清本は侍の本能として悟った。斬られる役として、相手の力量は見極める力はある。ここで斬られたら、チョコレートが奪われる。
 回れ前をすると、サムがいる。目がなんか据わっている。
「くっ、これだけは必ず守る! 守り抜くぞ」
 清本は燃えていた。チョコレートを守る。それこそ、もう自分の命を賭けるべき使命かと思うほどに。
「ごめん」
 清本は新倉のほうにつっこんだ。このまますばやく横を過ぎて逃げようという魂胆だ。
「そっちネ!」
「逃がさないわよ」
 新倉が捕らえようと手を伸ばすが、危機一髪で清本は、それを避ける。
「待つヨロシ!」
 蘭鳳が叫びと、宙に飛ぶ。
「待てといって待つものはおらん!」
 尤もなことを言い清本は逃げる。ここで捕まっては男が廃るというものだ。このまま逃げきってみせる、チョコレートのため。
「いただき」
 新倉が横から袋をとった。が、その中身はから!
「袋はやるが、チョコレートはだめだ」
「えいっ」
 油断した清本に那由多が後ろから飛びついた。
「う、おっ!」
 かくん。突然の力に清本の体がバランスを崩し、崩れるのと同時にチョコレートが宙に飛んだ。くるり、くるりとチョコレートが回って、開け放たれている窓を突き抜けて、ぽちょんと音をたててサムの作ったカレーの中にはいった。
「あっ」
「カレーにはいっちゃいましたね」
「あ、ああ〜」
 と、清本は情けない声をあげた。

「あ、この袋の中に、まだ残ってる」
 袋を弄っていた新倉が叫んだ。
「では、それを新倉さんのアイディアの分に使いましょう。大丈夫ですよ。清本さん、残った分は、ちゃんとお返ししますから」
「さむ殿……」
 がくりと清本はうなだれた。
 チョコレートを守れなかったことがかなり応えたようだ。
「では、清本さんにも、手伝っていただきましょうか。ささ、カレーを作りましょう。カレーもチョコレートも茶色ですよ」
 サムが強引に清本をひっぱって建物の中にはいっていく。
「あ、エプロンはどっちがいいですか? 俺としては、正義は勝つがおススメですけど」
「……愛は勝つのほうで」
 正義は勝つエプロン、三度目の敗北。

「では、みなさん、手を洗ってください。では、自動的に清本さんの善意での提供してくださったチョコレートによってのカレーと新倉さんのカレーのほうも作り出すとして、那由多くんと蘭鳳さんのは」
 蘭鳳は得意げに笑って見せた。
「中国四千年の歴史、秘伝の隠し味ネ!」
 そういってずいっと出したのはスーパーで同じの市販の『焼肉のたれ』。
「これって、四千年前からあったけ?」
「……秘伝なのか?」
 蘭鳳は笑顔で文句をスルーした。
「えーと、最後は、那由多くん、君は」
「これだよ」
 そういって那由多は、山菜の漬物を差し出した。
「あとね、かれーには、『金平糖』も合うと思うんだ。ちょこっとだけね。安くてびっくりしちゃった」
「では、皆さんのカレーをまずは作りましょう。それからパンとバーガーのほうに混ぜましょう。材料はあるので、どうぞ。使ってくださいね」
 サムはてきぱきと指示をしていく。
「清本さんは、そのチョコレートカレーをまぜまぜしてくださいね」
 清本はチョコレートを守れなかったのがよほどにショックだったらしい。ピンクのふりふりのエプロンを身につけて、しょんぼりとしている。
「『ちよこれいと』一つ守れぬとは……不覚」
 まぜまぜと鍋を混ぜている。

「えーと、まず野菜を切るんだよね? えっと、焼くからフライパンも用意して……やっぱり夏野菜ははずせないわよね。これバーガーの中に挟みましょ!」
 新倉が唸りつつもトマト、ナス、ズッキーニを選んでいく。
「これ、斬るアルカ? 任せるネ!」
 蘭鳳が選ばれた野菜を、宙に投げた。そして片手に持つ包丁を目にもとまらぬはやさで、動かし、落ちてきた野菜を皿にキャッチする。
 皿の上では、一口サイズの斬られた野菜がてんこもりとなる。多少荒っぽいが、蘭鳳の腕は確かなようだ。
「……僕も」
「那由多くん、普通に斬っていいんですよ。あっ……ええと、君のサイズのは」
 サムが探すのに那由多は妖刀を包丁サイズに変化させた。
 紫のオーラを持った包丁だ。
「これで大丈夫!」
「……なんとなく、何かがはいってそうですね。あの野菜……まぁ斬ってしまえば、同じですかね。では、細かく切ってくださいね。清本さん、まぜまぜしてますかー?」
「うむ。こうばしい香りが出てきたぞ。この『かれぇ』は」
 サムが近づいて清本の混ぜていたカレーに指をいれて、一口とると嘗める。
「あ、美味しい。完成ですね。こっちは、では」
「だったら、こっち手伝って!」
 新倉が叫ぶ。
 おばあちゃんから聞いたみじん切りしたショウガとニンニクを炒めている最中だ。
「えい、よっ!」
 掛け声とともにフライパンを宙に浮かすと、中の具が大きく宙を回って、フライパンに入る。
「おおー」
 一同から拍手がもれる。
「こっちも手を貸すヨロシ! 鍋を混ぜるネ」
「まぜまぜ係りの清本さん、出番ですよー。俺は、新倉さんの手伝いをしますから」
「む、いつの間に、そんな係りになったんだ」
 とはいいつつも清本は蘭鳳の鍋のまぜまぜを開始する。その間にサムは、こんがりでこげて香ばしい香りのする新倉の横で鍋の準備を開始する。
「サムさん」
「はい。なんですか。那由多くん」
「切るの終わったら、次は焼くの? 全部カレーの中にいれちゃえばいいかなって思って」
「俺がやりましょうか?」
「ううん。がんばってみる」
 那由多はそういうと、新倉がフライパンで焼くのを見ると、妖刀がぐにゃりとフライパンに形を変えた。それも紫のオーラを放ったフライパンだ。
「……なんか、那由多くんのはすごそうだな……あ、金平糖はどうするんですか?」
「あ、それは細かく砕いていれちゃう! えっと……『ぺーすと』にしようかなって思ってるの。いい?」
「あ、それはおいしそうだな。火は危険だから、危なくなったらいってくださいね。あと、台をもってきますから、新倉さん、鍋の準備できましたよ」
「うりゃ! え? あー、わかったー。よし、鍋にいれよう」
 焼くのに必死の新倉が必死で返事をする。
「火ぐらい、ワタシがつけるヨ。ほら、台もネ」
 手があいた蘭鳳が那由多のために台を用意し、コンロの火をつける。
「サム、ワタシ、那由多、手伝うヨ!」
「お願いしまーす。……清本さーん、そろそろこっちのまぜまぜもよろしくお願いします」
「うむ」
 カレーまぜまぜ係りの清本は蘭鳳のカレーの終えると、新倉の鍋へとおたまを片手にきた。
 最後の那由多のカレーも完成すると、パンと具であるバーガーをこねる作業だ。カレーをパンの生地にいれつつ、こねていく。
 パンのほうは、新倉、清本、那由多が担当し、肉のほうはサムと蘭鳳が担当する。意外と不器用なサムを蘭鳳が呆れつつ、バーガーをこねこねしていく。
「ねぇ、『ぱん』ってなに?」
 那由多は、パンを知らないらしい。
「今からつくるんじゃん。完成したらわかるよ」
 新倉が笑みと共に教える。
 全員でカレーを混ぜつつ、こねこねこして、
「これはバッキーの形にしようと思うんですよね。みなさんのバッキーは」
 清本と那由多、それにサムはムービースターなのでバッキーはいない。
「愛眠がいるヨ」
「あたしのはキーっていうの」
 蘭鳳と、新倉がそれぞれのバッキーをテーブルの上に置いた。
 蘭鳳の愛眠は、パステルと白の子で、なんだか眠たげだ。愛眠とは、その名前のとおり、眠ることをこよなく愛し眠っていることからついただけはある。
 一方の新倉のキーのほうは、パステルイエローに白だ。ちょこんと腰掛けている。じっとしていられないタイプなのか、きょろきょろと顔を動かしている。
「これの形か、また難しいな」
「大丈夫です。やれば出来ますよ。本物のバッキーがいるんですから」
 不器用なサムとしても心持ち心配らしい。
「愛眠は寝ているアルカら、モデルにしやすいアルヨ」
「もう、キー、じっとしてよね。あんた、モデルなんだから。あー、また動いた!」
 人の目があってもぐっすりと眠る愛眠と、きょろきょろしてしまうキー。
 那由多はこねこねしていて、なんとなく形が可笑しくなったのに首をかしげた。なにがわるかったのか。
「うーん、作り直し……そうだ」
 那由多は、妖刀を見た。その刀が形を変えて、紫のオーラを放つバッキーとなった。
「よし、これを見て作ろう」
「那由多殿は、便利だな」
 こねこねしつつ清本はとりあえず、那由多のバッキーを見て捏ねる作業に徹する。
 二匹のバッキーと、那由多の妖刀のバッキー。それらをみて、なんとかこねこね捏ねて、バッキーの形となったパンとバーガーを焼いていく作業にとりかかることになる。このあとは、盛り付けについても話し合うことになる。パンはオーブンで焼くのに、ハンバーグのほうは器用な蘭鳳が担当する。
「思ったけどさ、バーガーの上に熱したバッキーの型を押し付けるといいんじゃないかな」
 新倉が、そんなことをいうとキーは何か察したらしい。急いでテーブルから逃げようとする。それを新倉が、がっしりと捕まえる。
「こら、ジッとしてな。もう」
「もしかしたら、自分が焼かれると思ったのではないのか」
「……けど、バッキーの焼き目は……」
 サムがじっと那由多の作り出した妖刀のバッキーを見る。
「これだー!」
「え、なに?」
 パンが焼かれるのを今か今かと待っていた那由多はびっくりした。
「焼き目は、那由多くんの紫オーラバッキーでいきましょう」
「こら、こっち手伝うヨ! 投げるヨ!」
 フライパンで焼けたハンバーグを蘭鳳が投げるのを清本が慌てて皿がキャッチする。豪快かつ、アクロバティックであるが、見事な焼き色に形は崩れていない。
「あとはパンが焼けるのを待つと」

 パンも焼け、あとは盛り付け作業だ。
「パンにさ、スライスチーズのとろけるのをカレーの夏野菜を挟むといいと思うんだけど」
 新倉が提案する。
「では、レタスと、それらをはさみましょう。他には、なにかありますか」サムが尋ねる。
「ここでも隠し味ヨ!」
 そういって蘭鳳が、自信満々な笑みと共に『タルタルソース』を取り出した。
「これも中国四千年の秘伝なのか?」
 清本がつっこむが、蘭鳳はこれも笑顔でスルーした。
「これで、バッキーの渦巻きを書くヨ!」
「僕もやるー」
 那由多が興味津々と手をあげる。
「では、俺がパンとバーガーを挟む作業をしますから、タルタルソースのほうは、蘭鳳さんと新倉さんと那由多くん、清本さんは、紫オーラバッキーで焼き目をお願いします」
 流れ作業としてサムが手早く挟みはじめる。
 一番下に那由多の山菜の漬物と金平糖のはいったバーガー、新倉の一番の手間をかけたバーガー、蘭鳳のバーガー、清本のバーガーを一番上にやる。挟む際は新倉の提案したスライスチーズに夏野菜の具を忘れない。その間、間にタルタルソースで渦巻きも、ばっちりと書いていく。
レタスは、一番下のバーガーと一番上のバーガーに飾り程度に挟んでおく。
そうすると、四つに重なって、中々の大きさとなったタワーのようなバーガーが完成した。
「完成ですね」
「まだアルヨ!」
 そういって蘭鳳が取り出したのは爪楊枝にミニチアのインドの国旗がついたお子様ランチなどでは定番のものだ。それをぷすっと刺す。
「母国が懐かしくてなって、早く帰るネ」
 蘭鳳の考えに抜かりなし。
「では、みなさんで試食をしましょう!」
 サムは言い、その場の全員にそれぞれのバーガーが配られた。
「ちょっと大きすぎたかな。食べるの大変かも」
「お得感がアルヨ!」
「一口だと食べきれないよ」
「そういうのは、ぎゅっと押して食べるといいぞ」
「では、みなさん、いち、に、のさん!」
 ぱくっ。
「あっ、けっこういけるじゃん」
「うん。美味しいアルヨ」
「わー、おいしい」
「うむ。なかなか」
 それぞれに多少、一口に食べるには大きすぎるバーガーを口にいれて、形を崩しそうになりつつも、カレーの味のするパンに、肉汁のしたたるバーガー。カレーと共に煮込まれた夏野菜にとろけるチーズを口いっぱいほうばっていく。
 食べ終えたあと、全員で笑みを浮かべて
「ごちそうさまでしたでした!」

クリエイターコメントみなさんの愛によってカレーができあがりました。
書きつつ、私も食べたくなりました。
みなさん、さまざまなアイディアによる、素敵なカレーをありがとうございます。
公開日時2008-08-11(月) 17:50
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